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子どもがいるから、自由に生きる。

I believe in the Japanese way of religion!

 昨日も書きましたが、池上彰著、『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』を読みました。昨日のブログでは葬式について(決めた!俺、葬式やらないわ!)書いたのですが、本日は、日本人と宗教について。

 本書の中で幾度も出てくるのですが、日本人は本当に無宗教なのか?という問い。この本は池上彰氏が宗教学者なり宗教家にインタビューをしていく本なのですが、この「日本人は本当に無宗教なのか?」問いに対して、言葉は違えでも、同じような回答がされています。「これだけ宗教が”自然”に根付いている国はかえって珍しい」「(日本人は)その場の宗教性を感じる力がある。」

 これらの答えを読んだ時、私自身も非常になるほどと思いました。宗教というと何か特別なもの。という意識を我々は持ってしまいがちです。だからこそ、宗教の話題などは比較的避けられる傾向にあります。しかし、それはあまりに当たり前に根付いてしまっているからこそ、それをあえて表に出すのが不自然に感じるということなのではないでしょうか。

 お正月には初詣に行き、お盆には墓参りをし、クリスマスにはクリスマスツリーを飾る。子どもができたら安産祈願をし、子どもが生まれたらお宮参りをする。そして亡くなったときには、お経を上げる。このような文化を「節操がないなぁ。」と思っていましたし、思っている人が多いと思います。しかし、これこそが日本人の宗教なのだ。といえるのです。これを私は日本人的宗教観的宗教と呼ぶことにします。(かなり収まりが悪いので、別称が思いついたら書き換えます…。)それくらい、日本人の宗教、宗教観は、日常生活レベルでしっかりと固まっていると考えていいのです。タイトルの英文は「私は日本人的宗教観の持ち主です。」という意味。海外では無神論者というと、奇異の目で見られるといいます。ですから、もし「あなたの宗教はなんですか?」と聞かれたら、自信をもってI believe in the Japanese way of religion!と答えてみてください。その後のやり取りに、責任は持てませんが。

※なんて書いたあと、こんなのを発見。『外国で「あなたの宗教は何?」と質問されたとき、仏教と神道のミックスとか無宗教... - Yahoo!知恵袋』。こちらに従うと、I'm agnostic. (アグノスティック)→『不可知論者』の意。「神はいるかもしれないし、いないかもしれない。そんなことは人間には知りえない」という考え方。というのがいいのだそうです。